は困っていた。今日はバレンタインである。チョコレートを手作りしようとはしたものの料理の腕は今一つの彼女の腕では溶かして固めるだけのそれすらも上手くはいかず、結果市販のものに手を出すことで事なきを得た。だからといって手を抜いたわけではない。大切な人へのプレゼントである。大切な人、仮にも先輩に下手なものを食べさせて体調を崩されてはいけない、という彼女なりの気遣いであった。は料理が不得意である。納得できないものは渡せない。これはの性分であった。


 さてこのチョコレートを渡そうと意気込んだのはいいものの、先輩である郭の教室へと向かうの行く手を阻んだのは廊下に群がる数名から数十名から成る女子の人だかりであった。その中央には少し大人びた風貌のの彼氏である郭がいるのは分かっているが、はその影を認識しこの状況で渡すのは無理そうだと一旦諦める。戦略的撤退であった。この状況下では不利である。
 今日は朝の星座占いが3位だった。はある種宗教的な程度にはラッキーアイテムを信じている。というのも、毎日ほぼ習慣のように身に着けていたそのラッキーアイテムを身に着けない日に限って、の周りで不運な出来事が立て続けに起こるのである。それ以来、友人がにラッキーアイテムを欠かさずに持つように勧め、今に至るわけである。今日はちなみに今日のラッキーアイテムは沖縄名物のシーサーである。


 これは昼休みにかけるしかない、とは思った。


 時は過ぎ昼休みである。メールで呼び出そうと試みたがあいにく部活でミーティングが入った。放課後の部活動は体育館整備のために休みである。そのため次の試合の件で情報交換が必要であるとのことだったのでは了承し部活動の面々と昼食を共にする。先輩後輩と自分たちマネージャーとの間で有意義な話し合いとばか騒ぎをして昼食、昼休みが過ぎ去った。容赦のない昼休みである、とは思ったが部活命のであるため仕方のないことだと割り切る。そう、自分には放課後だってあるのだ。そういえば噂に聞く郭はどうやら休み時間も教室にはいないらしかった。は運がいいと思っておくことにする。


 これは放課後にかけるしかない、とは思った。


 時は過ぎ放課後である。メールで一緒に帰りましょう、と送るか送らないか迷い、送信したのが5分前。届いたか届いてないかわからないが校門前で待っているとの旨を書き添えてあるのできっと彼なら来てくれるのではないか、と少しだけ胸を躍らせながら校門前に向かう。と、の視界の端に、郭ともう一人。かわいらしい小柄な女子が一緒にいるのが見えた。からはイマイチよく見えないものの、恐らくかわいらしい部類に入るその少女は郭に告白しているらしい。というのも、今日はバレンタインだからである。想いを伝える日としてチョコレート業界が布教した2月14日。チョコレートとともに思いを伝える、という乙女チックな日本独自の風習は瞬く間に全国に広がり、根強い人気を見せていた。そう、彼女は告白しているのだ。
 郭はモテる。恐らく中学からなのだろう。女性の受け流し方も手慣れたもので、切れ長の瞳に思慮深い眼差し。年齢の割に大人びていて常に成績は優秀。運動も勉強もできる文武両道で綺麗な顔立ちの彼に惹かれる異性は多かった。それでもから見た彼の第一印象は少なからず、悪い。それでも付き合っているのは、一重に彼の真摯な努力と、その通常ポーカーフェイスである彼が意外にもサッカーというスポーツにかけては情熱的であるという点に惹かれたからなのかもしれない。

 これはどうしたらいいのだろう、とは思った。
 ずきり、との胸が痛む。見てはいけないものを見てしまったような気持ちになり、気づけばその場を駆け出していた。は足がそれなりに速い。そう、運動部マネージャーを務めていくには体力だって必要なのである。ある程度全速力で走れば少し息が切れてくる。

 と、その隙を見計らったかのように突如その腕が掴まれて失速した。「
 自分の名前を後ろから呼ばれ、一瞬我に返ったは緩めた歩調をさらに緩め、ついには立ち止まって振り返る。通常ではなかった。通常ならば後ろから手を掴まれることなんて、ありえないのである。それも全速力に近い女子高生が走っていてそれを思い切り捕まえるなんて。それも仮にも運動部のマネージャーとして鍛えているに追いつくなんて。

 そう、が振り返ればそこにいたのは郭であった。
 「ったく、急に走り出して何考えてるの」
 「私は…」そこで少しは言いよどむ。「別にっ、何もないのだ…です…」
 郭は彼女のそれをくみとったようにため息をついた。

 「何にもない訳ないでしょ、呼んだくせに人のこと見て逃げ出すなんて」
 嫌われたかと思ったけどそうでもないみたいで良かったよ、と郭はの頭をぽんぽん、と撫でる。がう、となにか言いよどみ「か、郭先輩が」と、ぽつりぽつり先の状況を話し始める。郭が告白されていた、という状況だ。

 「いくらほかの女に言い寄られても関係ない。俺の一番はだって、いつも言ってるでしょ。もう忘れたの」
 郭はへらり、と笑う。「心配しすぎ」


 ふと、少し冷静には思い出す。今日はバレンタインである。


 「郭先輩、チョコレートなんですが受け取ってもらえますか」
 「もちろん、君以外から受け取るつもりなんてないからね」
 あ、そうだちょっと待ってて、と彼は携帯を見て驚いたように一瞬立ち止まり、を誘導しながら歩道の隅に寄る。なんだろう、とは首をかしげる。彼はすぐ戻る、と言ってふらりと花屋に立ち寄り2、3分してすぐに出てきた。
 「従兄弟がさ、バレンタインは花を贈れって。俺はそういうのよく知らないけど、日本でバレンタインに男からは何もしないのはありえないってさっき怒られてさ。そこの店の人にによく似合う花を選んでもらったんだ」


 ハッピーバレンタイン、と郭がほほ笑む。は少し頬を染めて、「ありがとうございます」と、それを受け取った。










(20070329:ソザイそざい素材