今日は、球技大会だ。

 ゼッケンの付いた白い体操着に黒いハーフパンツを穿いた高校生が、小学生よろしく走りまわっている。飛び交うボールには前日の天候によってグラウンドが思わしい状況ではない為だろう、ボールが地面に落ちた回数分だけの泥がここぞとばかりにこびりついていた。全くもって汚いものだと思い、溜息をつく。――なんで、よりによって今日開催なのだ。
 彼は日陰のベンチに腰掛ける。そして頬杖をつきながら、なぜ毎年毎年こんな無駄な労力を使わなければいけない行事があるのか理解に苦しむな、とまた溜息をついた。


 先程から思い悩む少年、彼の名は戸根川要。
 球技大会、それは球を使ってスポーツを勤しみ友人たちと親睦を深めようという行事である。運動やスポーツが得意で大好きだという人は至極楽しめる行事である。だがしかし、一方で運動音痴達にとっては地獄のような行事だ。言ってしまえば、無くてもいい行事の一つである。さて、彼の所属する高校での行事にもこの球技大会は含まれており、毎年クラス内でいくつかの種目別のグループに分かれて勝敗を競う訳なのだが、今回彼は背が高いと言う理由でバスケットボールに決定した。その他にも卓球やバレーボール、サッカー、硬式テニス、ましてやゲートボールなどがあるにもかかわらず、だ。県内公立高校では珍しく男女混合で開催されるこの行事だが、その主な理由として男子の体力と女子の体力の比率があまり変わらないと言うことが理由の一つに挙がっている。要約すると、この学校では女子の運動能力が極めて高いということなのだ。まあ、女子全国区の運動部がこの学校に集まっているのが原因の一つだと言ってしまって良いだろう。それほどまでに、差がないのだ。
 結局、運動音痴の彼の所属していたバスケットボールのチームは初戦で敗退したので、やることもなく戸根川はただただ無駄な時間の浪費を続けている。応援に行く気力も残っていたものではなかった。大体普段から運動など全くしていないし、する必要性も見つからないので持久力が付いている筈もない。そんな貧弱な体力しか持たない身体で無駄に走り回ったので非常に体力が残っていないのだ。明日は筋肉痛決定だろう。今から気分が滅入る。


 ふと地面を見れば、蟻が歩いていた。行列となり、誰かが落としていった甘そうなパンのかけらに群がって運ぼうとしていた。蟻の世界も大変だと思いながらしばし観察していると、一匹の蟻が列から離れてくるくると廻っているのに気付く。間抜けな奴だと思った。また暫く眺めていると、どうもソイツは元の列に戻れたようだ。よかった、と安堵の溜息をついた。
 その時だ。後ろから声が聞こえた。どうやら声からして聞き慣れた幼馴染の声のようだ。
「メガネー!」
 どうやら、オレのことを呼んでいるらしい。多分、奴のグループの方は勝ち進んでいると思われ、運動部の後輩から奴に対する黄色い声援がそこかしこから聞こえてきた。
「メガネ、聞いてくださいよー! ボクのグループ次の試合で決勝進出が決まるんスよ。いやあ、楽しみッスねー。ホント運動は健康的でいいっス! きらめく汗、爽やかな一陣の高原の風、颯爽と駈けてゆく白馬! な、素敵じゃないスか」
 球技大会だからだろうか、妙にテンションの高い幼馴染を眺めながら「別に」と適当に返事をする。
「なー! メガネの分際で何言ってんスか、そういう時は「そうだな」とか答えるべきだと言うことを誰にも習わなかったんスね?」
「誰にも習ってないからな、柏」
「全く、」そう言って幼馴染である早川柏は溜息をついて、やれやれと首を振った。「メガネはメガネだった」
 意味の分からない宣言をした後、鉢巻を巻き439・早川と青で書かれたゼッケンをつけた柏がオレの隣に腰を下ろし、徐に口を開く。

「そういえば、メガネ。暇そうっスね」
「負けたからな、初戦で」自然と自らを嘲るような口調になってしまった。
「まじっすかー。あちゃー、総合優勝だいじょうぶかな」
 実を言うと、ウチのクラスは全体的に運動能力が高い奴の比率の方が多い。バスケットボールはどちらかと言うと普通レベルまたはどちらかと言うと苦手な奴が集まっていて、同じレベルの所と当たれば勝ちあがれないほどでも無かったのだが、言ってしまえば単純に初戦の相手が悪かった。誰もが優勝候補だと騒いでいる3組と当たってしまったのだ。これでは無謀と言うか、無意味な試合だ。そんな訳で、グループの士気はかなり下がった最悪の状態で開戦する事になった。もちろん、結果は先程も言ったとおりである。
「32−12だった」オレがぼやいた。
 まあ仕方が無いと言う諦めの感情が招いた結果というか、そういう産物だと思う。12点入れられたのも奇跡に過ぎない。
「そっスかー、じゃあ次回も頑張ってください」奴はそれを罵る訳でもなく、いやみなど全くこめられていない屈託の無い笑顔で笑って言った。「次回は、ボクがメガネと同じグループになって点数稼ぎますよ」
「頼んだ」
 こういうときだけだろうか。頼りになると思えるのは。幼馴染だけに気の使い方が分かりやすい為でもあるのだろうか。酷く、安心感と言うか何と言うかそんなものがあるような…気がする。


「あ、そういえばメガネ」時間が迫っているのだろうか、柏が立ち上がる。「科学人間がメガネ呼んでたっスよ」
「へえ」科学人間とは、科学部2年部長である通称『ニュートン』の事を指している。奴は科学馬鹿だ。
「弁当よこせーって」
「手前にやる弁当はねえって返しとけ」
「おっす、了解!」


 取り敢えず奴の姿が見えなくなったところで、応援の一つでもしに行こうと俺はベンチを後にした。




 ――今日の考察。
 球技大会は初戦で負けてゆっくりとしつつ応援とかに行くと良いだろう。ここで奴の言葉を引用するがまあ要するに『きらめく汗、爽やかな一陣の高原の風、颯爽と駈けてゆく白馬!』と言う所だ。まあ意味は常人には理解できないだろうが、まあそれはそれでいい。オレは一向に構わん。今日は、取り敢えずいつもよりは楽しめた、――筈だ。








「五月蝿いなー、少しぐらい静かに出来ないのかよ」

「お前のその声の方が五月蝿ぇーよ」

 向かう二つの机に突っ伏しながら、少年二人が無駄口を叩く。



「だぁーから、五月蝿ぇーっつの。お前喋るな」

「何で命令形なんだよ、バカ」

「バカって言った方がバカなんだ」

「バカって言ってバカって言った方がバカなんだろ?」

「違うよ、バカって言って、バカって言い返してバカって言ってる方がバカなんだよ」

「は? だからバカって言ってバカって言ってバカって言ってバカって言ってる方がバカだろ?」

「ううん、バカって言ってバカって言ってバカって言ってバカって言ってバカって言ってバカって言ってる方がバカだよ」

「…んだとぉッ!? キリのねえ上に訳わかんねえ御託並べてんじゃねえよ、カスが!」

 一人の黒髪の少年が、痺れを切らして勢いよく椅子から立ち上がる。

 もう一人のクセ毛の少年が、慌てて両手を前に出して自分の顔を庇った。

「危ないから、ね? 暴力反対だから」

「ああ!? 問答無用だ。お前本気で殴るぞ」



 先ほど椅子から立ち上がった黒髪の少年は手をグーに握り締め、声のトーンを落として言う。

 その後ろには、なんとも形容しがたい黒々としたオーラがうようよと流れ出て漂っている。



「ひぃー、そんな殺生な真似はよそうね。恐いから」

「五月蝿ぇ、テメエの顔見てるとイライラすんだよ、だから殴る」

「…理由になってないから、それ全然理由じゃないからね。もう少しまともな理由考えようよ。顔見ただけで殴られたら世の中の人の中に殆ど気絶したまま人生を過ごさなくちゃいけない人とか出てきちゃうから、そうなったら凄く大変だよ! だってさ、みんなみんな生きてて人権のある人だから、警察の人とかが休み返上でがんばらないといけなくなっちゃうからね。いや、確かにあの人たちは全員僕たちの貢いだ税金で働いてるけど、まあ、確かに警察沙汰になることが少なければこの国の平和はちゃんと維持される…と思うけど。うん、この国結構治安いいからさ、この国から見て悪く見えても全世界から見たらこれでも治安はいいほうの部類だからそんな事してこの国の治安と平和を乱すのは止めてください。ってかやめろ。」

「…話が長い、じゃ、顔から殴るから宜しく」

「おいおいおいおい、全然話聞いてないって、ちょ、ホント待ってよ…ね?」

「問答無用!」

 黒髪少年が拳を振り上げる。クセ毛は、防御体制に入った。

 黒髪少年が拳を振り下ろす。

―――ゴスン。

 と言う鈍い音が響くかと思いきや、響かなかった。

 代わりに響いたのは、パン、と言う破裂音。

 予想外の不意打ちに目を丸くするクセ毛の少年。

 まわりには、紙吹雪が舞った。

「へ?」

 思わず、間の抜けた声を出すクセ毛。

 クラッカーをもって、照れたように頭を掻く黒髪。

「タンジョー日、おめでと」

「………あ」

 そういえば誕生日だったっけ、と今更ながらクセ毛は思い出す。

「あ、ありがと」

「馬鹿ヤロウ、自分のタンジョー日忘れてんじゃねえよ」



 そういって僕らは笑いあった。友情がこれからも続くように。






どれだけ苦労しても どれほど探査しても

どれだけ苦悩しても どれほど捜査しても

どれだけ苦心しても どれほど調査しても

どれだけ苦杯しても どれほど検査しても





 見つからない、どこにもない。

 だけど、見つけてやろうじゃないか、探し出してやろうじゃないか。

 そう思った。これは、やらなければいけない宿命みたいなものだ。

 きっとそう。これは、私に与えられた試練なのだ。多分間違いはない。

 だから、やらなければいけない。これは、私しか出来ないような偉業。



「これは私にしか出来ないね」

 口に出して言うと、

「凄いね」

 と、貴方は褒めてくれる。例えどんな些細なことだろうが、それは同じ。

 その言葉を、嬉しいと感じる自分が居る。ただそれだけで幸せなのだ。

 だけども此処にそれは無い。



「此処はこのほうがいいと思う?」

「思う通りにやればいいと思う」

 そう言ってにこりと笑う貴方。それだけで幸せ。それだけで満足。

 優しくて温かくてふわふわとした貴方。

 身長は平均より少し小さいけれど、それでも私よりも大きい。

 そして、いざという時には頼りになって私を護ってくれる。

 それでも此処にそれは無い。



「漢の中の男だね!」

 私が囃し立てると、

「そ、そんなことないよ」

 両手をと首をぶんぶんと横に振って、否定する貴方。

 そうやって慌てて否定する仕草が、これもまた可愛らしい。

「私、絶対見つけちゃうね」

「うん。絶対見つけられるよ」

 けれども此処にはそれは無い。





 それは遠く遠く離れた場所に。

 それは遥か遥か見慣れぬ土地に。

 それは何処か何処か未開の地に。



 多分ある筈だろう。

 されども此処にはそれは無い。

 きっと見つかる筈だろう。

 いかにも此処にはそれは無い。

 朧月夜は此処に無い。







 私の思い出。

 特に思いいれることも無い何の変哲も無いくだらない思い出。



 前世の記憶。

 それは時に厄介なものであり、日常生活において不要な記憶である。

 それを持ってしまった不幸な少女は、少女としての生活の中に不自由を覚える。

 「ああ、何故私がこんな記憶を持っているのでしょう」少女は嘆く。

 「さあ、君の前世が何か思い残したことでもあったんだろうね」

 まあ僕には関係のないことなのだけれど、と少年は口に出さず心の中で思う。

 「面倒臭いわ」少女はかぶりを振った。

 「全くだね、僕も同じ意見だよ」少年は少女に同意した。

 彼らは数年前まで普通の人と変わらない生活を送っていた。

 しかし、ある時のことだ。唐突に少女の前世の記憶が甦った。

 突然、突発的に

 偶然、偶発的に

 その必然的な発作は少年のもとにも訪れる。

 幾度もの偶然を繰り返した結果、二人は偶然近くのファミリーレストランにて出会う。



 そして二人は現在に至る。

 「ああ、全く不自由ね」

 「本当にそうだ。僕は別に過去にあった記憶になんて興味はないが、たまに自分自身がよく分からなくなってしまう。要するに、過去の僕の前世の奴の記憶と僕の記憶が入り乱れてどちらが本当に僕が経験した事実だったのかが分からなくなってしまうんだ」少年は頭を抱える。「本当に僕は僕なのか、僕が僕ではなくなってしまうのではないのかと言う不安や恐怖が何度も僕を襲う」

 そう思うときは無いのかい? と少年は少女に問いかける。

 少女は暫く考えた様子を見せて、コクリと静かに頷いた。

 「確かに、あるかもしれない」

 「そうだろう、やっぱりこういう経験をした人にしかこういう気持ちは分からないんだ」

 「そうね、普通の人に自分の中にある前世の記憶について考えろなんて言われてもできないもの」

 「その通りだ」少年は力強く頷く。「はた迷惑な前世だよ」

 「ホント、その通りだわ」



 少女は小さく溜息を漏らす。

 それでも少し、心には希望の光がともっていた。

 自分と同じ境遇

 自分と同じ立場

 自分と同じ心境

 自分と同じ思考

 自分と同じような前世の記憶を持つ少年が、

 自分と同じように浮かない顔をしながら目の前に座っている。

 私一人じゃない。その安心感だけが、今の少女にあるものだった。







  ひとつ、黒いクレヨンが折れてしまった。

  ふたつに割れて、巻いてあった紙が裂けた。

  特に私は気にしていなかった。



  ひとつ、黒いクレヨンを新しくなった。

  ふたつに割れた黒いクレヨンはもういらなくなった。

  私はそれを大事にとっておいた。

  お母さんは、それを咎めようとはしなかった。



  黒いクレヨンは髪の毛の色。

  黒いクレヨンは瞳の色。

  黒いクレヨンは私が一番使う色。



  黒く黒く真っ黒に塗りつぶすと

  ――手まで真っ黒になった。





  黒い髪、それは貴方の色。

  私の髪、それは貴方と同じ色。



  クレヨンを眺めながら、私は思う。



  みんなおそろいの黒い色。

  お母さんは今日は黒いワンピースを着ていた。



  烏の濡れ羽色の髪の毛が、綺麗に煌く。

  私も今日は黒いワンピースを着ていた。







「お前に愛は似合わねえYO!!」

 駅前の道端にいかにもラップ系といわんばかりのドレッドヘアーにニット帽といういでたちで佇んでいた若い20代前後の兄ちゃんにいきなり言われた。正直ウザイ。
訳の分からない人なので、普通に無視して通り過ぎようとすると、


「ちょ…ちょっと待てよぅ。無視かよ!! 完全に完璧に無視なのかよ!! 何だよ、俺って“アウト・オブ・眼中”ッ!!!」

 などといいながらラップのくせにインも踏まずにへらへらくねくねしている。
 怪しい。怪しすぎる。何者だ、コイツは。とりあえず関わらない方がいい。
 私はそう思うと迷わず男から距離をとった。

 男は、「ショ―――――ック!!!」と一声叫んで地面に崩れるように膝をつき、しくしくと効果音のつきそうなほどオーバーリアクションで落ち込んだ。分かりやすく地面に『の』の字まで書いている。  なんだ、この変人は。…いや、確かに先程片思いの異性に告白して振られたのだが…。こんなふざけた男にずけずけとそんな事を言われると先程よりも余計に腹立たしい。本ッ当に不愉快極まりない。
何が――『お前に愛は似合わねえYO!!』だ。鬱陶しいを通り越して、何というか痛い。そうだ、痛い人だ。無視しよう。

 変なものを見る目で、―――いや、実際に変だから仕方ないのだが―――周りの人々が例の男をちらちらと見ながら通り過ぎていく。私もその男を変なものを見るような冷ややかな視線で見る。そして歩き出そうとしたまさにその時だった。


「愛が似合うのはこの俺さッ!!」


―――失せろこの野郎。そう心の中で突っ込みを入れて舌打ちをすると、私は人ごみの中に紛れ込んだ。
(20060524)





 空ばかり見上げて溜息をつく。
 それが私の日課となっていた。川の土手、夕日に照らされた川が赤く染まる。
 美しい、そう思った。
 人の心は醜い。だが、この夕日だけは、私を裏切りはしない。
 心地よかった、今この瞬間夕日を眺められていることが。
 幸せだった、頬を撫でる春の心地よい風が。
 目を瞑り、肌で感じる。
 この醜い世の中で、こんなにも美しいものがここにある。
 それだけで、私は幸せになれる気がした。

 たとえ全世界の人間全てが私の敵になったとしても、
 私の味方をしてくれる自然はたくさんいる筈だ。
 それだけで、私は生きていけるような気がした。

 そう思うことができる。それだけでいいと思っていた。

「君もこの夕日に見とれていたのかい?」

 ふと、声をかけられた。私は頷く。

「綺麗だよね、僕も好きなんだ」

 初めてだった、こんな風に話しかけられたのは。
 初めてだった、こんな人に出会ったのは。
 初めてだった、こんな気持ちになったのは。

「私も、この夕日が好きだから」
「僕ら、気が合うみたいだね」

 少年が、ふっと微笑んだ。つられて私も笑顔になる。
 世の中には、こんな人もいるのか、と私はまた幸せな気分になった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ああ、ただ利用されるだけの存在には、なりたくはない。
純粋すぎるのも、困りものである。






澄みわたり 雲 ひとつ無く地平線の果てまで何も

私の心は雨模様。

澄みきった 空 ふたつ有る木の実を二人で分けて

君の心は新鮮で。



私と君は、つながっているかと思いながら

近いようで

遠いようで

掴めない存在



あなたに向けた視線

わたしが受けた視線

近いのか

遠いのか

見えない。あの空の機嫌と同じように。



遠い空

あなたはいつも遠くに見える。







 あなたの面影はひとつ、私に影響を及ぼした後、何事も無かったかのように嵐のように消え去ってしまった。記憶にも残らない。私の生涯の生活を狂わせ、何もかも失ったような喪失感に駆られてしまったような虚無感を覚えた。まるでそれは心にぽっかりと謎の空洞が開いてしまったかのように。私の中のあなたの記憶は跡形も無く。影も形も無く、消えてしまった。あなたの中の私の存在も消えてしまった。

 あなたという存在がもやもやと霧の様に。大事な人だったはずなのに記憶が霞んでいる。消えている。

 あなたにおける全ての記憶が海馬から消えてしまった。『あなた』だけでは無い、そのほかの全てもみんな消えてしまった。みんなみんな積み上げてきたものが、一瞬にして全て消え去った。

 わずかに覚えているのは、車に引かれる前の記憶のみ。そして、『あなた』と呼ばれる人物らしい人に僕が恋焦がれていたということ。しかし人物像や思い出などは全て消え去ってしまった。

 消えてしまったものは戻ることなく、運命の歯車はぐるぐると回転し人の人生を狂わせて進む。

 時にそれで人は喜び、哀しみ、嘆き、狂喜し、幸せを掴み、不幸を被る。人は運命に踊らされる運命だと決め付ける。そんな事は無いと現実を逃避する。八つ当たりする。

「人間は愚かな生き物だ」天使は言った。

「まあ、そういうのも悪くない」悪魔は言った。



ひとつだけ だいじなもの それは あなたと あなたのおもかげ







 「あと四年。絶望まで四年、絶滅まで四年、破滅まで四年、終焉まで四年…か」

 「長いようで短かったりしたんだね、あれから何年たったっけ…酷すぎて覚えてないや」



 二人の少年が語り合う。堤防、橋の下、土手。背丈のやや高い草が覆い茂り、座っている人間などが丁度すっぽりと隠れてしまう。緩やかな石段が傾斜にそって続いており、そこから土手に下りることができた。そこは二人の隠れ家のような場所で小学生の頃はよく二人で学校帰りに遊んだ思い出の場所だ。

 茶髪の少年は、溜息をつきながら言った。「ボクらもう短いんだよね、命」

 黒髪の少々癖毛な少年はその言葉に呆れた。

 「前向きに生きろよ、あと四年あるぞ、四年。流石に今の小学生が高校生になることは多少難しいと言うか、学制が廃止になった今、高校を卒業することもできない。なのに四年もある。あと四年しかないのだから、働く必要も無い。貯金で十分に生きていけると思うからな」黒髪は、続ける。「あっという間だろうよ」



 「…死ぬのが?」



 茶髪の少年が、不安げに問いかける。黒髪の少年は、前を見たまま答えた。

 「地球崩壊の瞬間が」



 茶髪少年がばつの悪そうな顔をして俯く。しかし、黒髪の少年は続けていった。

 「俺たちはさ、まだ生きて十七・八年だけど地球は億単位の年齢だろ? 考えても見ろよ。地球だって寿命だ。俺らは生物全員強制参加の豪華な葬式に付き合わせて貰えるんだぜ? 感謝しねえと損だろ」

 茶髪少年は、少々驚いた表情を一瞬した後に笑った。「前向きだな、お前」

 黒髪少年は、頷いた。そして笑う。「ポジティブシンキングじゃねーと今まで生きてこられなかったからな」



 何時までもそんなことじゃやっていけやしないことくらいわかってる。

 どこまでもその広い空がつづいていることくらい知っている。







 果てを見よ 終焉に参れ

 全てを捨てよ 今に至れ

 おっては来ぬか 素早く走れ

 冷静になれ

 非情であれ

 沈黙になれ

 寡黙であれ

 全てを貫き 全うせよ

 昨日 明日

 先日 後日

 初日 終日

 前日 後日

 一昨日 明後日



 いつのひにか

 その存在は消える



 例え地球でさえも寿命できえてしまうことくらいわかっている。







 叫び続けたのは、自分の存在を証明したかったから。
 叫び続けなければ、自分の存在が人ゴミの中に埋もれてしまいそうな気がして。
 そんな自分が、無性に腹立たしくなって、僕は叫び続ける。


 現代にはびこる、人、ヒト、人。
 日本の人口は高度経済成長以降、いや、第二次世界大戦以降だったろうか
そこから急激に増加の一途を辿っている。


 そんな中、僕は生まれた。
 親にも相手にされず、注意もされず、怒られもせず、殴られもせず、
そして、褒められもしなかった、完全に無関心だった。


 けれども、僕はそれで満足していた。だから僕は、何をしても良かった。
 時々不安になったり、寂しくなったりもしたが、それも今ではもう無くなった。
 体がこのリズムに慣れてしまいつつあった。
 いつの間にか、僕の友達は世間で「ヤクザ」と呼ばれるような部類の人ばかりに
なってしまった。
 しかし、別に深く付き合っているわけでもなく、上部だけの適当な付き合いだった。


 大人たちは、僕を蔑んだ目で見はじめた。
 それでもいい。
 僕は、僕と言う人物の存在を残したかっただけなんだ。


 けれど、それは間違っていた。
 暫く帰っていなかった家に帰ると、母親が泣いて飛びついてきた。
 普段何もしないのに、この時だけ泣いて飛びついてきた。
 驚いた。こんな母親の姿は初めて見た。


「バカな子! 本当に心配したんだから」


 母親は途切れ途切れに僕に言うと、夕食の席へ僕を招いた。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
時に天才は見放される。自分たちが構わなくとも天才ならできると思われているからだ。
落ちこぼれのほうが両親に構われるという世界の常識を覆すことなど出来はしない。





分かっていた、つもりだった
それでも分かっていない、自分がいた



私は迷う、さながら迷路のように
いつまでも、いつまでも二つの道に惑わされて、そしてどちらかを選んで進むことも無く
私は惑う、さながら天秤のように
どこまでも、どこまでも二人の間で揺れて、そしてどちらかに振り切れることも無く



「君しか見えない」
貴方は言うけれど
「君しか愛せない」
貴方は嘆くけれど
「私には分からない」
私はそう、答えるだけ



自分の狡猾さが、自分の卑怯さが
自分の独占欲が、自分の我侭が
自分の傲慢さが、自分の狡さが



悔しいくらいに、身に染みて分かるから
だから



私は迷う
私は悩む
私は考え
私は惑う
なぜかは、知らない
どうしてか、分からない
けれども、迷う



それは、たぶん、人間だから
人間は感情を持ってしまったから
喜び、怒り、そして哀しみ、楽しむ
そんな表情を持ってしまったから 憎み、恨み、怨念から祟りまで こんな醜さを持ってしまったから


私は彷徨う、さながら孤児のように
何時までも、何時までも二つの選択を選べなくて、そしてどちらかを選んで使うことも無く
私は舞う、さながらの花弁ように
何処までも、何処までも二本の枝に支えられて、そしてどちらかに頼りすぎることも無く


私はどちらか、悩み続ける




(20061003)





皮肉めいた言葉でも

愛しいと思う人に言われれば

愛しいと感じられる言葉になる





いつの事だったろうか、あれは。

あの出来事。

―――あの人に会ったことは、もう忘れることは無い。

いつでもいつまでも傍に居てくれると思っていた人が、

いつの間にかどこかに行ってしまっていた。

皮肉めいた言葉を後に、去って行ってしまった。



もう会いたくても会えない人が居た

帰りたくても帰れないあの場所に

いつの日か、帰りつくことも出来ないだろうと思いながらも

それでもまだ帰ろうと必死にもがいている私がいた。

無理だと分かっている。

無駄だと分かっている。

無謀だと分かっている。

そんな事分かっている筈だった。

諦めた、筈だったのに。



どうして人は求め続けるのだろう。

どうして人は追い続けるのだろう。

どうして人は探し続けるのだろう。

何の利益も求めず、ただ、ひたすらに。

諦めるという言葉を使うまいとするのだろう。



どうして、問いただそうとも

みな答えを知らず、知ったかぶりをするのみ

自分ひとりで叫んでも

周りは何事もなかったように

無情にも通り過ぎていく



そして、ひたすら刻々と時間は過ぎていく

たくさんの人に追い越されても未だに

私はその場に立ち止まっている事しか出来なかった





(20060721)





さらさらとこぼ零れ落ちる
きらきらときらめ煌きながら君の頬を伝う
ひらひらと舞う一片の花弁のように
それは儚く哀しいもの
そして酷く切ないもの



君の涙を見ると
同時に僕も悲しくなるから
君の笑顔が見たくて
僕は不器用に笑うんだ



ふらふらになりながらも立ち上がる君
はらはらと散っていく薔薇のように
その姿は強くきょうじん強靭な刃のように
その背はもろ脆く崩れ落ちそうな幻想のように
その手に握られた決意とともに
矛盾を繰り返しながら



君の姿を見ると
同時に僕は嬉しくなるから
君に縋り付きたくて
僕はそれを堪えるんだ



地に落ちた雫
君はその丘に立ち



ぽろぽろと流れる滴
彼女の瞳に映るは
果たして…



君の後姿を、僕はただ見守る事しかできなくて