三上君は友達である

 三上君は私の友達である、多分。

 最近の私の日課は三上君と昼ごはんを食べることである。三上君とはクラスが違う。元々一人で食べていたところを一緒に食べないかと誘われた私は迂闊にもほいほいと着いて行ってしまったのだ。別に一人で食べて不都合なんてどこにもなかった。食べ終わったら好きな時に机の中の本が出せたし、寂しいのと自由時間を天秤にかければ、天秤は後者に大きく傾いていた。だがしかし、一緒に食べようといわれたとき私は迂闊にも頷いてしまったのだった。だからここ何週間か、非常階段辺りで三上君と弁当を広げるのが日課になってしまっている。
 三上君はうちの中学のサッカー部の男の子である。三年生、クラスは違うが同学年だ。うちの中学はエスカレーターなので受験の心配はしていない。多分三上君もしていない。そんな三上君と私は友達である。若干語弊があるかもしれないが友達の筈である。
「城ノ崎、その卵焼きくれよ」
「はぁ!?」
 思わず変な声が出た。なぜ、私の、朝早起きしてわざわざ作った弁当を、人様に差し出さねばならんのだ。しかも今日の卵焼きはいつもよりうまく焼けたと自負している。誰が渡すか。
「何で」
「うまそうだから」
「三上君に卵焼きを上げたことによる私のメリットは」
 そう聞くと三上君はちょっと困ったようだった。少し気分が晴れる。
「…俺が嬉しい」
 前言撤回。全く晴れない。私は大きくため息をつく。
「あのさぁ三上君、それのどこら辺が私に有益なのか説明してもらえますかね。それじゃその大前提として、私が三上君が喜べば嬉しいみたいじゃない。そこまずどうにかしてよ。いい? 私三上君が嬉しいからって別に嬉しくないから、他にもっと具体的なメリットないの具体的なメリット!」
 そう言うと三上君はますます困ったみたいだった。だがそんなことは知らない。貴重な昼の時間を削ってまで三上君に付き合ってあげている私を褒めてほしいぐらいなのだ。こんなことで無為な時間を過ごしたくはない。
「ないの?」
「…ないな」
「じゃあ嫌」
 そう言って私はこれ見よがしに卵焼きを口に入れる。思った通り美味しい。この世の至福の時間は寝てるときと食べてるときと本を読んでいるときだと思う。そう言ったら三上君に太るぞ、と言われたことがある。全くもって大きなお世話だ。太った私が嫌なら三上君はもう私に声をかけてこなければいいと思う。私が太ることを気にしていると思っているなら、そんなことはとっくに気付いているので黙っていればいいと思う。私のことを気にかけていると示したいのなら、別のところでやってくれ。
 三上君はしばらく名残惜しげにこちらを見ていたがやがて自分の昼食に戻った。ようやく平和になる。
 しばらく無言で食べ終わって、私は持ってきていた文庫本を取り出す。この前本屋で作者買いした代物だ。比較的外れが少ないという、どちらかといえば守りの作者だがそれなりに気に入っている。三上君と一緒にいようが私はこの習慣をやめるつもりはない。別に私は三上君がいなくても構わないし。しかしそうしていると三上君が声をかけてきた。
「城ノ崎」
「なに」
 適当に生返事を返すと三上君は本を覗き込むような仕草をする。
「それ、なんて本だ」
「どうして」
 三上君が特に本が好きだと聞いたことはない。すると三上君は一瞬言葉に詰まった後口を開いた。
「…あー…好きな奴の読んでる本は、気になるだろ」
「うん、三上君気持ち悪い」
 心に思ったことを私は素直に表現した。三上君が眉を寄せてこっちを見ている。ひどい? まさか。ちゃんと聞いてあげてる私って偉いと思いませんか? 前に一度面と向かってそう言ったことがあるので、三上君は文句は言わなかった。
 我々の友情の唯一にして最大の障害がこれである。三上君は私が好きだ。自惚れではない。本人から何度も聞いた。だがしかし、私は別に三上君は好きではない。
 だからといって嫌いでもない。どちらかといえば好きなほうではある。だがそれだけだ、どうこうなりたいわけじゃない。むしろ友達としてならうまくやっていける気がするのだ。確かに三上君は無意味に自信家だし結構根に持つし意外と陰湿な方だが、友達としてはそういうところはそれ程嫌いではない。だから、できればずっといいお友達でいましょうね、と、そう断ったはずなのにこれである。いや、確かにでも俺はずっと好きだからといわれてそれも勝手にすればいいとOKを出したのも確かに私だ。だがだからといってしょっちゅうこの調子とは予想していなくて当然だと思う。いや、いい、詳しいことは後日話そう。ともあれ三上君は眉を寄せて黙っている。私は小さくため息をついた。あまりいじめるのもかわいそうかとタイトルを答えてやる。
「知らない」
 三上君はそう言った。私は頷く。
「うん、だろうね」
 そんなに無名の作家ではないが、私もこの本は書店で知った。有名なのは別の作品だ。そう答えると三上君はへぇ、と呟いた。
「詳しいな」
「まぁ本好きだし…あぁ、でも、この作者は渋沢君から教えてもらったんだけど」
 渋沢君は三上君と同じサッカー部である。渋沢君は私と同じクラスで、小学校も一緒だった。サッカーの強いうちの中学のサッカー部には遠方から来る人も珍しくないから、これは結構ない話だ。ちなみに渋沢君はそんなサッカー部のキャプテンでもあるかっこいいお人だ。勿論私は渋沢君も好きだが、そういう意味で好きだったのは小学校までの話だから、誤解のないようにお願いしたい。
 しかし、そう言うと三上君は不機嫌になってますます眉を寄せた。
「何で渋沢」
「おともだちだから」
 そう答えると三上君はわかるけど、と呟く。
「他の男の話するなよ」
「うん、それ、三上君に言う権利これっぽっちもないよね、ちょっと引くよね、むしろドン引きだよね」
「わかってるよ、だから頼んでるだろ」
 さっきの三上君の台詞のどの辺りにどのように頼んでいる要素があったのか小一時間ほど説明をお願いしたい気持ちだったが、そこはこらえて私は口を開く。
「うん、でも、それ私聞く義理どこにもないよね。私が誰の話しても関係ないよね三上君。勿論三上君がもっと面白い話してくれるなら別に構わないけど、三上君今他の話題ある? 勿論面白くなかったら続けないけど、いいよ、続ける自信あるなら何でも言って」
 そう言うと三上君はまた黙った。それはそうだ。三上君の話題は結構な割合がサッカーだということは最初の頃にわかっていた。だが残念なことに私はサッカーには詳しくない、というよりむしろ興味がない。何が楽しくてボールを蹴っているんだかきれいさっぱりわからないのだ。渋沢君辺りと喋っているとわからなくてごめんね、という殊勝な気持ちになれるし、これはこういうルールなんだよといわれればへぇ、と気持ちよく納得もできる。だがしかし、どうしたことか三上君に対してはわからなくて何が悪い、という気にしかなれないし、ルールの説明をされるのなんか真っ平御免である。三上君に何か教わる、などと考えただけで頭痛がする。そのことも以前申し渡してあるせいか、三上君は黙ったままだ。
 そうこうしているうちにチャイムが鳴った。私は弁当を掴んで立ち上がる。
「じゃあね、三上君」
「あ、ああ、いや、俺も行く」
 折角一人でのんびり帰ろうと思ったら三上君も立ち上がってしまった。私は小さくため息をつく。一人の時間を返せ。
 だがしかし、ここで着いて来るなと言わない辺り、私は三上君を友達だと思っているのだろう。全く、三上君には全身全霊で感謝して欲しい次第である。
「なぁ城ノ崎」
 そう思っていると三上君が声をかけてきた。もう少しで教室につくと思っていた私は、やはり確かに油断していた。猛省すべきだ。
「なに」
「城ノ崎の生返事、かわいいな」
「うんわかった、三上君、消えて」
 本当に、だれかこいつをどうにかしてほしい。



2010/08/18 山田より、誕生日おめでとう