どっかーん、 と表現するのが正しいと言えばそうでないとも言えるような、いたって漫画的表現で捕らえるならばそのような表現方法が一番その状況を分かりやすく表現しているのではないかと考える。しかし、その表現方法で伝わるものも伝わらない。場面描写、状況描写、背景描写あってこその擬音表現。 だからこその表現力。 というのが言いたかったわけではない。 は運悪く、殺人現場に居合わせてしまった。否、殺人現場から殺人鬼が血塗れた風体で立っているその場面に直面してしまった。本来ならば《闇口》らしく、その姿を見送るべきだったのだが状況が状況だった。殺人鬼と目もあわせずに《闇口》らしくひっそりと係わり合いにならぬよう逃げてしまえばよかったのかもしれない。 しかし殺されているのは彼女の主であり、最も何よりも自分よりも尊重されるべき人であり、彼女の世界全てを創造している人であり、創造していた人であり、だからこそ全盛期の天皇であるかのようなマッカーサーのようなカリスマ性のある創造主。 彼女の主人である。 主従関係というものを絶対位置に置く《闇口》だからこそ、事の重大さは把握しているつもりではあったし意図も簡単に殺されてしまうという事くらい分かっていたつもりだった。それでもまさか、依頼された暗殺を滞りなく終了させたと同時に主の方も亡骸と化しているのはいささか理不尽ではないのだろうか。それでも、相手が相手だから仕方がないとでも言うのだろうか。は相手から目を離さず、頭で少しだけの時間で思考する。 零、 零崎。 殺し名序列、第三位にして他の殺し名からも恨まれ怨まれ妬まれ疎まれ続けている殺人鬼。 《零崎一賊》 自らを家族と称し、家族の為なら何でもすると、 一でもない、零を、 限りなく零にしてしまう、零を、 (会ってしまう時点で、運の無い事と言えばいいのでしょうか) (それを言えば呪い名のほうが、タチの悪い) (それでも、主がいない私が何をほざいたところで) (状況が改善されるわけではない事に変わりはないのかもしれませんが) 「ああ、あんたは、」 彼は口を開く。噂に聞いた事があるしその殺し方も見た事が、ある。だからこそ凶器であり狂気でもある彼の存在は知っている、服装から武器の特徴から聞いてはいた。聞いてはいたけれども実物で見るのは初めてだったからこそ、彼に対する警戒心は一ミリたりとも緩めてはいないつもりだった。緩めてはいけないはずだった。 「《麗らかな白昼夢》っちゃね。……いや《春霞》と呼んだほうがいいっちゃか?」 「……」 沈黙。 肯定する、沈黙。 実際の所は、主をやすやすと殺されてしまいは反撃をするか否かを迷っていたのであるが彼女がその二つ名を持っているのは明白な事実であり変えることの出来ない現実であった。主を想う闇口衆として本来ならば迷う事無く我を忘れ彼に切りかかっていなければならない筈ではあったが、どうもそのような命知らずな行為は、出来なかった。出来るはずも、なかった。結局のところ大事なのは自分なのかと少し自嘲して、は目の前の男を眺める。 麦藁帽子、白いシャツに農夫のようなズボン。 そして、釘バット。 「どうして殺したと問いかけた所で本能だからと答えられるのが筋合いでしょうね、《街》さん」 「……殺そうとはしないっちゃね」 「主の言葉にその命令はありません」 貴方が貴方を殺せという遺言を主から聞いていなければ、と《春霞》。 呆気に取られて、少しばかり立ち尽くす《街》。 「それと同時に私は零崎に喧嘩を売るつもりもありません。貴方がした事は許される事では決してありませんが、しかし貴方が罪滅ぼしをしたいと申し出ると言ったときの為に強いて言うとするなら」 私の居場所を探しなさい、と。 私の付き従うべき主を、探しなさいと。 彼女は、淡々と何の感情も露にせずいつも通りの殺意を剥き出しにして一言だけ発して押し黙る。そして、沈黙。 「仮に俺がその主になるとかそういうのは、ありっちゃか」 「私は居るべき所さえあればよいのです」 それは、肯定。 然るべき所で、然るべく任務を滞りなく遂行する事。 然るべき物事を障害なく難なくこなし、自らの欲望を吐き出すことの出来るはけ口のような肩書きを彼女は求めていた。どこでもいい、どんなものでもいい、とまでは過言だけれども彼女にとって隷属というのは極めてどうでもいい事に近かったのかもしれない。 (誰でもいい、誰か人を殺してもいいと殺せという命令をしてくれるような人がいれば) (私は、人を殺す事が出来る) だからこそ《闇口》にして《零崎》、なのかもしれない。 本質的な、《零崎》。 本能的な、《零崎》。 隷属を第一と考えながらも、自らの殺人衝動を満たす為だけに殺人行為を繰り返す。 「ま、ついてきたければついてくるっちゃ。適当に見繕うくらいはできない事もないっちゃね」 「……」 沈黙。 肯定の、沈黙である。 くるりと踵を返して何事も無かったかのようにドアを閉めて出て行く《街》に遅れを取らないように、は足音を立てずに制服のスカートをひるがえしながら彼の後に続いた。 (20100330:ソザイそざい素材)その先に主の姿があろうとなかろうと、面倒事は巻き込まれたくない。 |