ぞわりと、身の毛のよだつような殺意があった。


 一般人では決して太刀打ちのできるようなものですらなく、太刀打ちしていいものですらない。こちら側の人間ですらも腕の立つものでない限りは一瞬にして殺されていても仕方の無いような、目線があったら殺されてしまう、むしろ確実に殺される類の視線だ。
 目で殺す、
 視線で殺す、
 ギラリと光るようなそれでいて、


 静かな殺意がそこにある。


 しかし前にも後ろにも、そういう存在は存在してはおらず零崎人識は歩道の真ん中でかははと一人笑う。確かこの類の人間だったとするならば、否、プレイヤーとしての存在があるとするならば殺し名序列二位である暗殺者《闇口》、もしくは殺し名序列7位である死神《石凪》だろうが、人識にとってはその確かな殺意があろうとなかろうと関係の無い事だった。
 「面倒くせーなあ、なあ、そこにいるんだろ」
 「…………」
 相手のほうからは返事が無い。
 しかし、その隠しようも無いえげつない毒々しい殺意だけがそこに存在していた。
 「かはは、」人識はただ笑う。
 そして、
 「――傑作だぜ」
 と、呟いた。
 無論相手からの反論はなく、返ってくるのはただただ沈黙のみ。
 「っていうかよ、なんつーのこれ。俺一人で喋ってるっつーのも、いただけないだろ。あー、俺って沈黙とか嫌いなんだよ。あることないこと並べたてんのもあんまり好きでもねーし、だからってだらだら何も無い所にいるのも面倒くせーから嫌いなんだけどよ、それでもあんたがそんなに殺気だらだらたれながしてちゃあ無視するわけにもいかねーんだよなあ。どうする、俺、どうする!」
 一人だらだらと独り言を並べ立てる人識に、ただ沈黙は沈黙を保ちながら返答をする。
 「そういえば思ったんだけど、俺一人で喋ってたら不審者だよな、不審者として通報されるよな。参ったなあ、というわけでお前とっとと出て来いよ」
 「……」
 沈黙は沈黙で答えると、はぁ、と短くため息をついた。いかにも面倒な奴に会ってしまったといわんばかりの対応の仕方で、いかにも彼の言葉に答えるのが面倒であるかのように、その重たい腰を上げて思いっきり伸びをする。気づこうと思えば気づけない事も無いかもしれない、気づこうとすれば気づけた彼女の存在に人識は気づく事をしなかった。気づけなかった、のである。人識の横にある自動販売機の横に、最初からあったかのような置物のようにちょこんと座っていた紺色のセーラー服の彼女は、伸びをしてうえへと持ち上げていた手を元の位置へ戻して零崎人識へと声を掛けた。


 「こんにちは、独り言さん」


 「うおお、そんな所にいたのかよ! 全っ然気づかなかったぜ。あとで兄貴に怒られるんじゃねえのか、これ」
 だったら、傑作だなと言って殺人鬼は頭を抱えてかははと笑う。
 「いや待てよ、でもここでとっととお前を殺しちまえば、全部無かった事になるよな」


 「待ってください、」彼女は人識が出そうとした攻撃を、静止するかのように声を上げる。しかしながらその口調は冷静極まりなく、極めて淡々とした調子で単調なリズムで音を為している。
 しかし彼女がそう言いかけたところで人識の手は既に動いており、その手から放たれたナイフは既に空中を優雅にそしてまるで生き物のように彼女の生命的な急所へと向かって舞っていた。彼女はそれをひらりとした舞のような美しい動作で、全て素手で叩き落とし彼に向き直る。そして、人間としては極めて単調な淡々とした調子で声を出す。


 「待ってくださいと言ったのが聞こえなかったのですか」
 「悪ぃ悪ぃ、で、何で待たなきゃなんねーんだよ」
 「私は貴方を殺すわけではなく別の人が通りかかるのを待っています。今貴方に手を出して、貴方の一族にうらまれるというのは避けなければならない事態ですから、ひっそりと私は隠れていたわけですが貴方があまりにも独り言をおっしゃるので仕方なく出てきたところです」
 淡々と、淡々と、
 「ですから私は貴方と殺しあうつもりも殺しあう覚悟も殺される義務も、ましてや貴方が殺人鬼だからと言う理由で殺されてあげる義理もありません」
 彼女は語る。
 「かはは、傑作だぜ」人識は笑う。「ってことはよ、俺は俺を殺すわけでもない奴に話しかけて尚且つ殺そうと思って全部急所を狙って投げたナイフを全部素手で叩き落とされてよ、傑作と言わずになんと言うってくらいじゃねーか」
 暗殺者は面倒くさそうな顔をして、沈黙を保つ。整った顔が少しだけ、歪んだ。
 そして殺人鬼はもう一度かはは、と笑う。「今、すっげー惨めな気分なんだけどよ、この気持ちをどうしたらいい、って聞いてる俺が惨めだよ」


 「それはそうと、私は対象者が出てきたので少し席を外させていただきます」


 「俺は零崎人識っつーんだけど、そりゃあ、――傑作だぜ」
 理不尽にもほどがない、それでも赤色よりも薄い理不尽。


 闇口
 闇口でありながらにして、零崎のような
 零崎であったかのようにして、闇口であるような


 「命令ですから、動かねばなりません」


 不思議な少女である。















(20100330:ソザイそざい素材)言語表現能力に限界があるのか一人納得をした。