授業後、夕焼けがきれいで私は思わずうっとりと夕日を眺めていた。
 日直は運悪く私の番で、適当な学級日誌の今日の出来事なんていう五行くらいの生徒の日記みたいなものに私はとても苦戦していた。そもそも学校生活で五行も書く事があるだろうか、否、私にとって書く事と言えば不破君とのお昼ご飯の論議とかそんな感じの事しか思い浮かばないんだけれど、でもそんな事を書いてもしかたがないんじゃないかなあなんて思ってしまう。
 だから、結局の所この授業のこれが面白かったとか休み時間にみんなが校庭に行って小学生みたいにバレーボールとかドッジボールしていたなんて適当な事を書くのだ。シャープペンをくるくると回しながら窓から見える夕日を眺めて、そして机の上の日誌に目線を落とした。


 今日はいい天気でした。朝から気温が高く例年の平均気温を超えており、ぽかぽかとした気持ちのいい日でした。昨日からの寒暖の差がとても激しいので、クラスのみんなが風邪をひかないか心配です。


 ここからが全く文章が思いつかない。もともとこういうのは苦手なのだ。
 ふと、日誌をぱらぱらとめくっていれば不破君が日誌を書いているページが見つかった。細い字でさらさらと書かれたような文字がぎゅうっとそのページにつめられていて思わず私はそのページだけ破って持って帰ろうかとも考えたのだけれど、さすがにそれはばれてしまえば大変な事になりそうなのでやめておく。まあ1ページくらい大目にみてはくれるかもしれないけれど私にはそんな勇気は無かった。
 ところで不破君は何を書いているんだろうと思えば、その日にあったことを事細かに考察している事が最初の文章から見て取れる。




 一時間目、特に意味の無い授業だ。生物のしくみについては、もう既に知っているので聞く必要は無い。二時間目、現国だが34ページにあるような主人公の気持ちなど考えるまでも無い。作者が何を考えて書いたのかという問題は実際に作者ではない奴には分からない。愚問だ。三時間目、数学Aで当てられたが応用問題なのに簡単だったのはゆとり教育のせいだろうか。四時間目の数学Tは特にこれといって何も無い。五時間目の体育は柔道だったが、何故こんな簡単な事が皆出来ないのか理解しがたい。六時間目だが、英語教師のくせに発音が間違っている所が多い。イントネーションは最悪。黒板の文字も読みづらいので改善すべきだ。以上。




 いかにも不破君らしいなんて読んだ瞬間に思ってしまった私だけど、こんな事書いて大丈夫なのかななんて少し思ってしまう。考察かと思って少し呼んで見ればほとんどが愚痴のようなもので私は思わず苦笑した。それにしてもよくもまあこれだけの事を言えるものだなあと私は少し感心する。何となく感じてはいても私にはこんなにすっきりと言える言葉がすらすらと見つかりはしない。
 私は途中で止まっている日誌の文章を書き進める。


 今日はいい天気でした。朝から気温が高く例年の平均気温を超えており、ぽかぽかとした気持ちのいい日でした。洗濯物がよく乾きそうです。昨日からの寒暖の差がとても激しいので、クラスのみんなが風邪をひかないか心配です。
 今日は体育が一時間目からあったので、とても大変でした。でも二時間目と四時間目の数学は私の好きな単元だったので楽しかったです。お昼ごはんに購買の焼きそばパンを初めて買って食べました。たくさん列が並んでいましたが、さすが人気のパンだけあってとってもおいしかったです。
 今日の、夕焼けがとてもきれいでした。





 夕日に目を向けると、ちょうど合唱部が全体練習を始めたようで綺麗な透き通るようなメロディーが、ここまで聞こえてきた。私は日誌に『合唱部もとても素敵でした。』と書き加えると、日誌をパタンと閉じる。不破君は、多分サッカー部で練習している頃だろう。それももうすぐ終わるかもしれない。私は職員室へと日誌を持っていくために、がらりと音を立てて席を立った。鞄をひょいと持ち上げてドアへと近づいていくと、私がドアを開けようと手を伸ばした瞬間にガラリとドアが開いた。ぎょっとして、私は一歩あとずさる。誰かと思えば不破君だった。


 「今から日誌提出しに行くよ」
 「もう帰るのか」
 「不破君…じゃないや、大地は?」
 「と帰ろうと思ったのだが」
 「じゃあ、日誌出してくるから一緒に帰ろう」
 「む、そういうことならば待っている」


 「ありがと!」と言うやいなや、私は職員室へ向かって駆け出す。
 私の心の中の日誌に、『不破君と一緒に帰る事ができるので幸せです。』と書き足した。















(20100303:ソザイそざい素材