まさかとは思うけれど、時刻は八時を回っていた。
 私は急いでベッドから飛び降りてバタバタと着替えをはじめ、髪の毛を適当に手ぐしで整える。右の髪がアホ毛みたいにはねていて、これではあからさまに寝坊しましたと言っているようなものだった。ああもう、なんて思う暇も無くスカートを履いてチャックを閉めて鞄を持って部屋のドアを開けると母親と鉢合わせた。



 「あ、ちゃん。ご飯できてるけど」
 「お弁当でもってくよ」
 私は階段をぱたぱたと降りながら、リビングへと向かった。母が後ろから私を追いかけながら、話し掛けてくる。
 「お弁当は?」
 「えっと、」私は少しためらって、鞄とにらめっこした。今日は荷物が軽いから大丈夫。「もってく」
 「お味噌汁は?」
 「保温の水筒で」
 「お茶は?」
 「ペットボトルで持ってくよ」
 お弁当箱とペットボトルのお茶を鞄につっこんで、味噌汁を保温の水筒にざあっと流し込む。ふたを閉めて鞄の中に入っているお弁当の袋に入れてそれからご飯をかきこむように口に詰めてもぐもぐしながら、廊下をパタパタと走って靴下を取りに行く。ああもう、もう少し早く起きたかったんだけどそんな事を今更悔やんでも仕方が無かった。
 何とか身支度が整うか整わないかそんな時に、ピンポーンと玄関ベルが鳴る。



 「ちゃん、不破君が来たよ!」
 「はあい!」



 パタパタと廊下をスリッパで走りながら学生鞄を肩にかけて、玄関へ急ぐ。スリッパを適当に脱いで、何となくそろえてローファーを履く。がちゃりと玄関を開ければ、門の外には不破君が立っていた。



 「おはよう、お待たせ!」私は、玄関から出てのそのそと階段を下りて門を開ける。
 「ふむ、」不破君は、私の頭をぽんぽんと撫でるように叩いた。「寝癖が直ってないぞ」
 「え」
 「また寝坊して適当に直したのだろう、あと五分早く起きればゆっくり登校も出来る」
 「が、頑張ってるんだけどね」私は寝癖を気にしながら、歩き出した不破君に続いて歩を進める。



 「まあ徐々に改善すれば良い事だ」
 ふっと不破君の表情が緩んで、私の表情も自然と綻ぶ。



 「ありがとう、不破君。善処する」
 「そうしてくれ」不破君は私の頭をくしゃくしゃと撫でたので、せっかく直した寝癖が元通りになってしまった。
 「ああ!」
 私は思わず声を上げて、自分の影を見た。頭が爆発している。これでは学校のみんなに顔見世なんて出来ないので、私は必死に寝癖を直し始める。何となく元に戻っていくような気がする影の形を見ながら、はあとため息をついて少し影とにらめっこしていると、不破君が唐突に口を開いた。



 「、」不破君は、何となくといったように呟く。「恋人と言うものは名前、もしくはそれに準ずる愛称で呼び合うものだと話に聞くものだが俺との場合その類の呼び方をしていない。この場合、俺との関係は恋人と言う名称であるべきなのか?」
 「えっと、」私は不破君の言っている言葉の要約を解釈する。「つまりそれは名前で呼べばいいってこと?」
 「恋人である以上、それは当然だと言われた」
 「え、」私は言葉に詰まる。きっと藤代君とかそういう人に聞いたんだろう。私は九割方元に戻った頭を見て少しほっとしながら不破君を見る。「じゃあ、大地って呼べばいい?」



 「…まあ、そういう事になるな」



 不破君がまんざらでもなさそうな顔で「、」なんて呼ぶから、胸がきゅうっとしめつけられた。















(20100303:ソザイそざい素材)不破君第一弾!