不破君が日本代表に選ばれたと聞いて思わず携帯電話を取り落しそうになった。あわてて携帯を持ち直す。おめでとう、という言葉をなんとか声に出すと、ありがとうと素直な返事が返ってきて、私はすこしどきりとする。いつだって彼の知らせは唐突だ。告白するときも、付き合ってからも、今も。まるで普通の私には考えられないようなことを簡単にしてのける彼は、付き合った今でもやっぱり私の憧れだった。なんでも先に進む彼はまるでなんでもないような私の対比みたいで、奇妙で変わっている。それでも彼自身の事でこんなにも一喜一憂できるなんて幸せなんだろうなと思う。


 「お、おめでとう! 全然言葉が出てこないんだけど…私も嬉しいよ!」
 「ふん…まあ俺の実力と今年度の実績からして日本代表の座は決まっていたようなものだから結果としては当然のことだろう」
 「うん、でもすごいよ…なんだか私のほうが現実感ないっていうか」
 ええと、と言葉を濁せば、電話越しにふっと笑うような声が聞こえた。飲みかけの少し冷めたコーヒーを一口飲めば少しだけ現実感が湧いてくる。


 「今度会えるときは何か準備しておくね!」
 「ほう…それは楽しみだな。それで何を用意するつもりだ?」
 「そうだな、一緒においしい物とか食べに行こうよ」
 「ふむ、悪くない考えだ。では行こうか」
 うん、と私が返事をするかしないかといったところでインターホンが鳴った。幸いなことにかろうじて化粧はしてあるしお風呂もまだだったから「あ、誰か来たみたいだからちょっと切るね。またかけなおす」と電話を切った。電話をテーブルに置いてありきたりなマンションの廊下をぱたぱたと駆けながら「どちら様ですかー」とドアの前で言えば聞きなれた声で返答があった。


 「俺だ」
 「…あ、あれ?」がちゃりとドアを開ければ先ほどまで電話で話していた人物の姿。「大地どうしてこんなところにいるの?」
 「お前ならばある程度の事は予想できていると思っていた。今から5分で準備しろ。行くぞ」
 「え、今からごはん? ちょ、ちょっと待ってね」
 ぱたん、と扉を閉めてずるずるとドアにもたれかかって沈みながら私は頭に手を置いて考える。急がなくては、という考えから急いで化粧台に向かいぱたぱたとファンデーションをはたいて、適当によさそうなフォーマルワンピースを引っ張り出して、着替えてストッキングをはいてアクセサリをつけながらカバンに財布を入れて携帯を持って準備完了。玄関で寝癖がないかチェックしてドアを開ければ、「4分38秒か、まあまあだな」なんて声が聞こえてきてはぁ、とため息を吐いた。こんな人に振り回されても大丈夫なくらいには、ここしばらくの付き合いの中でちゃんと精神力が培われている。そんな努力ができるのも、やっぱりなんだかんだ言いながらこの人が好きだからだ。


 「車は止めてある、予約は7時からだ」
 「あ、うん」
 「行くぞ」
 頷けばすっと自然な動作で手をひかれる。そんな何気ないようなひとつひとつがどきどきと早鐘を打つような心臓を速めさせて、そしてずるずると沈んでいく。綻びながらも火照る顔を見られないように少しだけ俯いて、距離を詰めるようにおおきなその手を握り返した。(まるではつこいが蘇ってきたみたい。)そうして笑いがこみあげてきて、くすくすと笑えば「何がおかしい」とすぐに疑問が飛んできてそれがまたおかしくて「なんでもない」と笑った。





海に沈めたトランクと乙女心















(20121007:) もう不破君俺の隣で寝てるから状態。リクエストありがとうございました!