わたしたちは動物園に来ていた。急に家にやってきた横山くんは、わたしの部屋にずかずかと遠慮なしに上がり込み、布団で寝ていたわたしに対してチケットをひらひらと振りながら、「行くよ」と言葉を発した。その一言で、ずるずると暖かい布団から引きずり出されて薄化粧をあわててしたあとに、しゃんと身なりを整えたわたしは、今ぼんやりと動物園のキリンを眺めていた。
 あわただしくバスに乗った。朝ご飯はもちろん食べる間もなかったから、コンビニで横山くんが先に買ってきたというサンドイッチをもらった。もちろん、ペットボトルのお茶まで彼は用意していた。わたしの大好きなハムサンドとツナサンド。とても用意周到な彼に「どうして?」と問いかければ、計算通りと返事が返ってくる。横山くんはよく分からない人だ。わたしはそのままよくわからないまま首をかしげて、園へ直通するバスに揺られていた。


 「キリンってさ」唐突に切り出した話題に、わたしははっとして彼の言葉に耳を傾ける。「昔は首が短かったらしいね」
 「へぇ、そうなの」
 しばらく前に授業で習ったような気がする。より高い枝に生える草を食べるために首が伸びたという進化の過程の、その一部。適当に受け流せば横山くんは首をかしげた。


 「てへっ」
 なんだこの人は、とわたしが思うまで数秒もかからなかった。かっこいい(とわたしは思っている)外見からこんなかわいい女の子のようなセリフが飛び出してくると誰が思うだろうか。不覚にもどきりとして、動作が鈍くなってしまう。確かにまあ何を考えているかは分からない人ではあるけれど、こう言う事を急にするところは、何か意図しているのか、それとも何も考えていないのかちょっと考えてしまう。ほんとうに何もないのか、と本当に何もなくても考えてしまうのはわたしのよくない癖だ。


 「急にどうしたの?」
 「ちょっと言ってみたくなっただけ」
 深い意味は無いよという横山君に、わたしはため息を吐いた。こうしていつも振り回されるのだ。それでもそれも悪くないと思えるのはなぜだろうか。わたしはぐいぐいと引っ張られるようにキリンを後にした。キリンはわたし達の事なんて全然興味が無いみたいで呑気に草を食べている。まるで横山君みたいだ。


 「ほら、はやく行くよ」
 引っ張られる腕が燃えるようにあつい。





首の短いキリン















(20121005:) 大変遅くなりましたがリクエストありがとうございました…!