あなたと私
私とあなた
違うのは何処
同じなのは何故





  彼と彼女のことなら知っているわ、いいでしょう。教えてあげましょうか。
  あら、でも情報料は高くつくわよ…え、今更やめる?
  悪い冗談はおよしなさいな。当たり障りの無いことなら、代価は安めにいただきます。
  ふうん、それなら良いと。それでは始めましょう。


  それは、一人の少女と金髪の悪魔の出会いから始まったのです。




   いつも通りの朝、いつも通りのアラーム音、いつも通りの朝食、いつも通りの登校。
   そしていつも通りの制服。
   入学してからはや一年がたって麻黄中2年となった少女は一年前の初々しさは消え、ぶかぶかの制服だったそれを
   ものの見事に着こなすまでに成長していた。髪型は一年前と変わらず優等生のようなお下げスタイルに丸眼鏡。
   いかにも頭が良さそうに見える彼女は案の定、頭脳明晰だった。
   いつも通り、いつも通り。きっちりとスケジュール帳に予定を書き込んでいる彼女は欠点もなければ欠陥も無い。
   テストは常に学年一位。全国模試でも常に十位以内に入る、まさに天賦の才を持つ少女。
   完全無欠の優等生。
   だが唯一、欠点があるとすればそれは彼女の性格。
   無口、無頓着、無関心、交友関係も狭く、社交性も皆無に等しい。朝の挨拶、日直以外で人に話しかけることはなく、
   その異様なる無口さは、奇妙すぎて異端者のように扱われていたが、無頓着な彼女はそれを気にも留めなかった。
   ただそこにあるが如く、存在のみ残して彼女は在る。
   いつも通り、だが今日は少し違う。
   2年生となった彼女にはクラス分けという一大事が待っているのである。
   今までのクラスのみんなと離れるのが嫌とか、そんな女々しいことは彼女は思ってはいない。
   変に話しかけてくる奴と同じクラスになるのが嫌なだけなのだ。そんな奴は鬱陶しいし扱いが面倒臭い。
   クラス表を見る。取り合えず知っている奴はいるような気がするのだが、まあいい。
   どうせ去年のクラスの奴は話しかけては来ないだろう。問題は隣の奴と前後に居る奴だ。
   取り合えず指示に従って前のクラスに行く。
   まあ、おなじみのメンバーがぞろぞろと揃っているが、その人たちには目もくれず彼女は自分の席へと向かう。
   暫くして体育館へと向かう。ぞろぞろと列を成して、集団でぞろぞろとのろのろと。
   かったるい校長の話が始まる。
   今年はどうだとか、一年生の諸君初心を忘れるなとか、政治がどうだとか、関係も無い話をぐだぐだと並べる。
   つまらないと思い溜息をついたとき、隣でも同じようにあくびをしている奴がいた。
   彼女は気に留めず、前に向き直る。
   校長の話は、既に先日のテレビ放送で行われていたバレーボールの試合の話になっていた。
   そういえば、赤いユニフォームのなんたらと言うチームが勝った気がする。おぼろげにしか覚えていない。
   「以上で終わります」
   校長が、一歩下がり礼をする。「礼」と言う掛け声と共に、生徒が一斉に頭を下げる。
   この光景は何度見ても何処かの宗教団体にしか見えないのだが、それは私だけだろうか。
   彼女は疑問を抱きながらも礼をする。
   「それでは、教室に戻ってください」
   生徒会長の声が無機質な機会音のように響く。生徒が号令と共にぞろぞろと入り口に集結する。
   気持ち悪い反吐が出る。と一瞬思いながらもそこを通り抜けないと外には出られないので仕方なくそれに倣う。
   新しい教室へと向かった。
   階段を上る。廊下を通り教室へと入る。
   一人、既に教室の中にいた。取り合えず自分の座席表を見て席を確認する。そして机の位置を探す。
   驚きすぎて思わず顔を顰めて我が目を疑ったのだが畜生と思うよりも先に、
   その明らかに校則違反であろう頭髪をした男子生徒がこちらに話しかけてきた。
   「テメェがか」
   「…」
   一瞬自分に話しかけられているような気分ではない感覚に陥ったので反応が遅れる。
   しかし全く彼女の表情には出ていない。焦るどころか、威嚇している空気さえ醸し出していた。
   男子生徒は先ほどと同じ言葉を繰り返す。「テメェがか」
   というか、見知らぬ男子生徒が何故名前を知っているのか分からなかったのだが、どうやら喧嘩を売られているらしい。
   「そうだけど何か」
   こちらも少し喧嘩腰で答えた。これから隣の席になる男子生徒と何故こうも早く揉め事を起こさなければいけないのか。
   彼女はどうしたら穏便に事が済ませられるかどうか、頭をフル回転で活用した。
   男子生徒はそれを聞いて納得したかのように満足げに頷いて、口を開く。
   まるで悪魔のように尖った八重歯が見えて、思わずどこの国の人だろうとツッコみたい気分になった。
   「、学年一位テストは常に90点以上、全国模試は常に十位以内、父親はコンピュータプログラマー
    母親はファッションデザイナーでファッションブランド『Wisteria』の創造主。世界的に有名な蘭妃の娘」
   ストーカーかこいつ。
   彼女は、誰も知らないと思っていた個人情報をぺらぺらと流暢な日本語で喋る得体の知れない男子生徒を見る。
   「…ストーカーみたいね」
   思わず口走っていた言葉に「やってしまった」感を感じながら、男子生徒の出方を窺った。
   すると彼は奇妙な笑い声で笑い出した。おかしい奴だ。変人だ。
   「ケケケケケケケケケケケケ」
   彼女は自分の席となる場所に向かい、歩いて席の位置で立ち止まり椅子を引いて座った。
   隣に座る変人は、『蛭魔』という苗字らしい。やはり変だ。苗字まで外見と一致したように凶悪さが滲み出ている。
   「変な女だな、テメエ」
   「、あなたにテメエとは呼ばれたくないわ。ストーカー」
   「蛭魔妖一だ、糞女」
   「、糞女じゃないわ糞男」
   「ケッ、大層な口訊くじゃねえか。
   「あなたほどでもないわ、蛭魔妖一」
   変人は、フーセンガムを一枚出して噛み始めた。
   それからだろうか、ぞろぞろと生徒が入り始めてくるが教室の後ろの方に座ったこちらを眺めてはギョッとしてどうしようと
   焦りの色を浮かべながら各々の席へと向かう。前の席になった男子は縮こまっていた。
   一人の度の高そうな眼鏡を掛けた女子生徒が、
   「やあやあ諸君、元気かね? ハハハ! 私と同じクラスになったからには仲良くしたまえ」
   とかなんとか前で言っているのを聞いてあまり関わりたくないと思っていたところ、彼女はこちらに近寄ってきた。
   「宜しく、前の席の…えーと何だ…ちゃん? まあいいや面倒臭いからでいいや。だな。
    これから後ろの席になるから宜しくゥ!」
   ポン、と瓶底眼鏡の彼女はの肩に手を置いて後ろの席に着席した。
   グッバイ、私の平穏と安息の日々よ。彼女は、ここで既に平穏を諦めたという。
   生徒も全員教室の席に着席したようで、がやがやと近い席で騒ぐ連中と静かに席で過ごす連中とに別れる。
   彼女と、瓶底と、金髪は後者だった。
   「おー、静かにしろ」
   と、入ってきたのはスーツの男。どうやら担任のようだ。自己紹介を始める。
   副担任も入ってきて軽く自己紹介をした後にプリントやら書類やらいろいろなものを配る。
   「じゃあ解散ー」
   とまあ適当に解散して、学生鞄に机の中のものと先ほどの貰ったプリントの入ったファイルを突っ込む。


   「おい、
   「何よ、蛭魔妖一」
   生徒もまばらになって、後私たちのほかに2・3人という所で金髪は彼女を引きとめた。
   「伊達眼鏡だろ」
   「何故そういいきれるの」
   「度が入ってねぇ」
   「何故それがわかるの」
   その疑問を投げかけると、金髪は彼女の顔のパーツとして成り立っていた眼鏡を奪い取った。そして自分で掛ける。
   「…視界が歪まねぇ」
   彼女はそれをまた金髪から奪い取る。そして掛け直す。
   「掛けるまで確証は無かったんでしょう」
   そっぽを向いた彼にギャンブルねと彼女は言う。うるせえ、と彼は一言。
   「ほうらな、伊達眼鏡だったろ掛けは私の勝ちだ蛭魔妖一!」
   その声の出所が後ろからだと気付くまでに彼女は2・3秒時間を要した。
   「チッ」と彼は舌打ちして、声の主である瓶底眼鏡にフィルムを渡す。
   「どうもー、厳ちゃん帰ろうぜぃ!」
   瓶底は、どうも中学生には見えない老け顔の中学生と共に教室を出て行った。
   彼らはそれを呆然と見送る。
   そして目を見合わせると、互いに気まずそうに目を逸らした。


   分かっている。分かっている。
   確かに外見こそ似ても似つかないものの、根本的に考え方は似ている。
   悔しいが似ている、似すぎて腹が立つほどに、無駄の無いほどに。
   だから、分かっている。
   それ故に、知っている。
   よって、承知しあっている。


   けれども、それは譲れないプライド。


   他者のことは省みない。
   自分自身の事が全て。
   あなたも、私も。
   私も、あなたも。


   「
   「何」


   「―――テメエは名前で呼んでやるよ
   「当然よ」


   自己中心的な私達のために世界は廻る。


   後日、蛭魔妖一の噂を聞く。
   金髪、ピアス、整髪料、靴下、以下諸々と身だしなみの点において校則に引っかかってはいるものの
   既にそれは学校側で暗黙の了解と化しているようだ。
   しかしそんな身形をしていながらも成績は優秀な様で、それ故に学校側は何も言えないと言う。
   よく人の弱みを握り脅しては人をこき使っていると言う噂を聞くが、所謂パシリをつくりたいだけだと私は踏んだ。
   先生の中にも脅されている人がいるらしい。これは、テストのときに大変便利だと私は思った。
   まあ、覚えてしまえばなんら問題は無いのだが。
   一番聞いた中で衝撃的だったのが、どうやらスポーツをしているらしいということ。
   アメリカンフットボールと言うスポーツらしい。
   何回か私も耳に聴き覚えがある単語だったのだが、ラグビーとの区別がいまいち付かない。
   果たして何が違い何が同じなのか。私には到底理解できるものではないのだが、まあいいとしよう。
   どうせ関わることももう無いだろう。確かに席は隣だが、この際どうでもいい。
   だが私生活の面においては一切何の情報も無い。何処に住んでいるのかも。誕生日すらも。
   聞きこんだ先からは地獄からの使者だの死神だのと狂人と思われるような言動をする奴が多数見受けられたが
   そんな現実離れした人間が私の目の前に存在していいはずが無い。私が見たモノが全てだ。
   別にあいつの肩を持つ訳ではないが、まあ取り合えず人間だろう。…普通の。
   私の目の前に存在する限り、そうでないと困る。でなければ私がおかしいみたいではないか。
   それだけは、否それ以外にもあるのだが、困る。


   基本的な情報収集能力は私には備わっている。
   あれほどではないが、取り合えず皆無と言うことはない。
   初めてで証拠は残るうえに、後始末も早々に出来たものではないが。
   もし敵対するような事があれば、私は全力で立ち向かわせてもらおう。




  少女は心に、決めたのでした。


  それでは、ここまで聞いてくださったあなたにもそれ相応の代価をいただくとしましょう。
  なあに、そこまで私は根性が悪くありませんから。ああ、大丈夫です臓器はいただきませんよ。
  お代はあなたの心です。
  いや、心臓では在りません、臓器はいらないですよ気持ち悪…コホン、すみません。
  心です。ほら、見えない分安心なさったでしょう。
  それに、元々あるものだからコストはかかりません。なんてお得なんでしょう。
  笑いがとまらない…はあ、そうですか。
  それではあなたの眼鏡を頂戴いたしましょう。…え? 話が違うって?
  言ったでしょう、代価は私の気分で決まるのです。…え? 言ってないって? 今言いました。
  詐欺では在りません、落ち着いてください。わたしはただ、情報提供料をいただきたいだけですよ。
  なになに、ふざけるなと、ふざけてはいません、いたって真面目に話しているつもりです。
  屁理屈が過ぎる? そうですね、私は理屈が大好きですから。
  はてさて、困ったお客様ですね。仕方が無い、こういうときには強制連行としましょうか。
  黒子さん、黒子さん、眼鏡を。
  焦る必要はありません、あなたの代価、ちゃんと頂戴いたしました。
  御用があれば、またお呼びください。情報を提供していただけるのならば、それに応じた代価も支払います。
  まあ、その情報が確実であれば、の話ですけれど。こちらには嘘発見器人間が付いています。心強い味方です。
  それでは、さようなら、また会える日まで。










(20070403:ソザイそざい素材